初めての、2泊3日の持出例会
中部セントレアから鹿児島空港へ
台風15号も私達の九州訪問を歓迎するかのように
沖縄付近で足踏み。
実際、名古屋・岐阜・桑名に皆さん帰ってから
台風のスピードがUPし向かってきた。
訪問時は、小雨模様でした
最初の目的地 仙巌園 へ
桜島の熱い歓迎を受けました。
仙巌園は19代島津光久(1658年)が
別邸として構えた、50000mにも及ぶ
広大な庭園。
明治時代の藩主が暮らした御殿もあります。
午後は、近藤秀二さんのご縁で
薩摩焼窯元
沈壽官窯 を訪問
慶長3年(1598年)初代沈当吉が
朝鮮国南原より薩摩に渡来して依頼
続く焼き物の家。
12代沈壽官が再興し現在に至る
十五代 沈 壽官氏
九州へ行ってきました、知覧など今まで行きたくても行けなかったところ薩摩義士のお墓参りもしてきましたが、お茶を学ぶ一人として、沈寿官窯を訪問することも楽しみでした。お世話くださる方があって、当代にもお会いできると知って大変楽しみにしてお伺いしました。当代は大変心やすく、登り窯の前で我々にお話下さり、窯焼きのご苦労など、又初代が日本に連れてこられて、白の陶器を創るために大変な苦労をされてたことなどなど、予定時間をはるかに超えて1時間ほども話をしてくださいました。それから日本に来てから15代目の今も、朝鮮に沈家一族がいて、我々にいつでも帰って来いと待ってくれていて、特に今回、福島の原発事故が有って、すぐに帰って来いと言ってきた、「私は日本に生まれて、育ってきているので、すが、改めてふるさとを感じました。」と言っておられたのをお聞きして、感動しました。
展示館に「火計り」という白薩摩が有ってこれでお茶が頂きたいですね、というと、それは初代が朝鮮から持ってきた、土と釉薬とでこちらで創ったものです、つまり「火」だけが日本のものなのです、だから「火計り」と名がついてます。とおっしゃいました。
谷 聰 さん FB より
夕方、最初の宿 指宿 白水館へ
薩摩伝承館で学芸員より説明を受ける
金襴手薩摩焼、中国陶磁器など60年に
渡って集められた380点のコレクション。
建物が宇治平等院を模した超本格的な
建築-総工費20億円以上とか
指宿 白水館は黒岩慎治さんの紹介。
世界で唯一の指宿「砂むし温泉」に
10-15分入り、夕食。
白水館社長より焼酎が2本サービス!
普段、焼酎を飲まない方も美味しく頂きました。
翌朝には、白水館 下竹原社長が我々を見送りに
出張先から駆けつけて戴きました。
今回の旅の、目的 知覧へ
知覧特攻平和会館
天野先生がぜひ行けと言われていた所
陸軍特別攻撃隊員の
遺影、遺品(手紙等)を読んでいると胸が熱くなる。
1時間でも時間が足りない。
ぜひ、皆さん一度は訪れて下さい。
知覧の武家屋敷・庭園を歩く
国の重要伝統的建造物群保存地区
7軒もの武家屋敷が現存している。
特攻の母として慕われた
鳥濱トメさんの宿
鳥浜旅館で「トメさん弁当」を戴き
鳥浜初代(トメさんの孫の嫁)より
トメさんより伝えて欲しいお話しを
お聞きしました。
平和への思いを熱く語ってみえました。
九州新幹線で博多へ
2列で座席が広い
博多の町を楽しみ、
夜は屋台も経験しました。
夕食は近藤秀二さん、ご推薦の
「やま中」
美味しお寿司と料理 そして
プレミアム焼酎「森伊蔵」、ワイン、吟醸酒を
近藤さんが差し入れ、
美味しく飲みました。
1年で、特別の店を開拓する近藤さんの
人脈・行動力に感心
西鉄で太宰府天満宮へ
参道はいろんな言葉が飛び交っていた。
さすが人が多い、
博多の町は
日本語・韓国語・中国語・英語等
表記されている言語が多い
東アジアからの観光客相手
名古屋はいろんな意味で、完全に負けている。
隣にある
九州国立博物館へ
太宰府天満宮の隣の山の上。
エントランスが非常に長いが、
便利に作られている。
展示物もなかなかしっかりしている。
来月からの特別展が見れなく残念。
昼食は、天神の真中でイタリア料理
BAR DEL MAESTRO
近藤秀二さんの肝いりで、
マスターからシャンパンのサービス
美味しく頂きました。
最後に、近藤さんから
「辛子明太子」のおみやげをいただく。
本当に、いろいろお世話になりました。
ありがとうございました。